学力が伸びる人
とても真面目なのだが,学力の伸びが今一つ足りないという人がいる。
このような人には,「幅広い興味・関心」が足りない,という共通した特徴があることに気付く。
このような態度は,最終的な学力,とりわけ読解力や表現力の伸長を阻害し,
試験の答案作成のクオリティにも多大な影響を与えるから,注意が必要だ。
たとえば,このような人は,授業中に「雑談」をしても,あまり関心を示すことがなく,
また,メモをとったり,頷いたりすることもない。
「テストに出るよ」とか,「重要だから覚えて」と言われた場所は,しっかりノートにとって
覚えようとするが,「勉強」(狭い意味で勉強=試験の範囲)にしか興味がないから,
出る所だけ覚えようとする。
「何でも知ってやろう!」という気持ちがないから,最小限の努力で,テストを切り抜けようとする。
もちろん,試験勉強において効率を追求するのはとても大切だ。
常に効率を考え,無駄を避けるべく,工夫して勉強に取り組むのは,
むしろ試験勉強における必須の態度であるとすら言ってよい。
しかし,逆説的な言い方になるが,「知ること」自体に効率を求めてはいけない。
脳には記憶のリミットはないのだから,与えられた時間,知ることが可能なものは,
すべて知るように,覚えるように努力するのが大切である。
授業中など,あるいは,教科書を読んでいる時など,
「これは無関係だから」といって,理解しないようにするのは,もったいない。
興味を持って読んだり,聞いたりするだけでも,記憶に残ったり,
なにかの知識の足しになったりするものである。
たとえば,ベンジャミン・フランクリンについての英文が入試問題に出た時,
ベンジャミン・フランクリンについて何かしらを知っているひとは,全く知らない人に比べて,
圧倒的に有利な立場にあると言えるだろう。
ダーウィンについて全く何も知らない人は,「進化」について書かれた文章を読んでも,
多くのことを理解できないことになるだろう。
言語学について全く無知な人にとって,「言語の恣意性」というコトバの意味するところは,
全くチンプンカンプンだろうが,知っている人にとっては,何のことはない,当り前の話ということに
なるだろう。
「資本主義の精神」や「進化論」,「言語論」「文化論」などのテーマは,英語でも国語でも,
頻出のテーマである。
「単語」や「文法」,「構文」などを理解し,覚えるのは,当然であるが,
社会のあらゆる事象への興味関心や基本的な教養が欠けていると,
せっかく覚えたことを答案に表現できないことになる。
たとえ,「記述式」の問題でなくても,「マーク式」の問題であっても,事情は同じである。
抽象的に述べられているテーマについての具体事例を全く説明できないような文章に出会ったとき,(何を述べているのか,わからないので)それを表現する「選択肢」をマークすることが出来ない。このような人はとても多いのだ。
このような教養は,一朝一夕に身に着けられるものではない。
しかし,若いうちから,「何でも知ろう」という態度を持ち,意識を変えるならば,
普段の生活の中でも少しづつ獲得できるものだ。
時間がない人は(ない人こそ),「国語」と「社会」を勉強するのが良いと思う。
ほんとうは,様々な本を読みなさいと言いたいところだが,
直接的に受験に役立つかどうかは,わからない場合もあるし,
時間もかかる。
「国語」と「社会」は,国公立受験者なら,みな勉強する科目であるし,
センター試験を使った受験が可能になる分,選択肢も広がる。
急がば回れということわざにあるように,
広い教養を身につけるべく,「何でも知ろう」という態度で幅広く勉強してきた人が,
最後の最後には,急激な学力の伸びを経験できるのである。
最後に伸びる人,伸びない人,を類型化すると,以上のような結論を導くことができる。
私たち塾業界の講師たちの経験則は,ほとんど,この点について一致をみている。
2012年12月12日水曜日
2012年11月24日土曜日
【面接対策】成績が悪かった人は、「伸び率」をアピールしろ!
|
問:高校時代(浪人時代,大学時代etc)で,いちばん力を入れたことは何ですか?
|
■解説■
面接で聞かれる内容のバリエーションは多様だが,面接官が知りたいことはたった一つしかない。それは,あなたがどんな人物であるか,である。
本当に医療従事者にふさわしい資質を備えているのか,学力だけでなく,医療従事者としての倫理観を備えているか,厳しい学業をこなしていく気力・体力はあるか。計画性はあるか,地道さはあるか。本当に本学で学びたいのか。性格は前向きだろうか,慎重さは垣間見えるが,臆病すぎないだろうか。声が小さいが,コミュニケーション能力に問題はないだろうか…。
これら,すべての疑問を短時間に聞くわけにはいかないので,おのずと質問項目自体は,いくつかの典型的なものに絞られる。
その中で,もっとも重要な質問項目が「志望理由」(医師への志望理由と,「本学(医学部等)」への志望理由)であることは,先月号・先先月号ですでに述べた。なぜ志望理由が重要かと言うと,本当はそれほど医師(などの医療従事者)になりたくない人物や,目的意識のはっきりしない人物,ただ学科試験の点数が良いという理由しかないのに医師になろうとしている人物は,なるべく大学に入ってほしくないという事情があるからである。(ただし,数分の面接で,その人の真意が確実に見抜けるかどうかは別問題だが)。
そして,志望理由について,重要とみなされ,質問項目としてよく挙げられるのが,「高校時代(浪人時代,大学時代)で,いちばん力を入れたことは何ですか?」など,これまで(過去)における受験生の経歴とその自己評価を問う質問である。何を頑張ってきたか,何を達成してきたかを聞くことで,その人の学科試験の偏差値以外の資質・能力を見定めようとしているのである。
面接の対策をしていると,「とくに何も力を入れてきたことがない」,「何も成し遂げたことがない」,と悲壮感を漂わせて,「何も答えられない(答えられなかった)」と言って相談してくる人が,毎年のようにいる。
そういう人には,「勉強を頑張りました」と言いなさい(書きなさい=願書には)とアドバイスしている。少なくとも,1次試験が学科のみで,2次試験として面接が課されているような場合においては,「勉強頑張りました」は,何も問題ないどころか,「1次試験合格」というお墨付きを持っているわけだから,説得力がある。
「内申書」「成績証明書」の成績が悪いのですが…という悩みもよく聞く。はっきり言えば,現役高校生の推薦入試以外では,ほとんど内申書の成績など関係がない。むしろ,こんなに悪い成績だったのに,いま勉強を頑張って,この面接会場にまで辿り着いたんだ,というプロセスを具体的に語ることで,「努力できる」「やればできる」という一面をアピールすることが可能になるのである。
ただし,「勉強頑張った」というアピールについては,何を,どのように反省し,計画をどのように立て,どのように(地道に,コンスタントに)努力してきたか,何を工夫したのか,といった,具体的な方法とプロセスをわかりやすく説明できるようにしておくことがポイントである。
「頑張ったこと」として,生徒会活動や部活動を挙げる人は多い。しかし,これとて,それらを頑張って,何を得たのかという結論をきちんと話すことができなければ,アピールにならない。「学園祭実行委員長をやって,人の上に立つことの難しさを学んだ」などと抽象的なことを言っても,「あ,何も学んでないな,コイツは」と思われて,そのまま面接終了である。
どんな小さなことでも,そこから,今後の医療の勉強や医療従事者への道に関わるような,具体的な学びを見つけてほしい。「生徒会長やってました」(という俺はエライ!)というアピールは,レベルの低い自己主張にしか見られない。たとえ受験勉強くらいしかしていなくても,どのように誘惑に打ち勝とうとしたのか,どのような受験戦略を立て,どのように実行したのか,という努力の道筋を話せた方がずっとよい。
本をたくさん読んだとか,部活で体力をとにかく身に付けた,というのもアピールする価値のある経験である。(教養ある人はもちろんだが,とくに医師は体力勝負の仕事なので,健康で頑強な体力をもつ人は歓迎される)。
「役職」や「役割」ではなく,具体的な努力とそのプロセスをアピールし,「この人は本当に頑張れる人なんだな」と思わせるようにしっかり準備しておこう。
どうしても,勉強以外の何かを経験しておきたいという人は,若い人向けの「病院ボランティア」(夏休みなどに大学病院・市中の病院などでも募集している)に行ってみるとか,被災地域に関連するボランティアに参加してみるなどするといい。
1年間テレビは一切見ずに,骨のある本の読書・10冊に挑戦するとか,週1で単館系の映画をみるとか,そのような教養型の「経験」もよいと思う。
ただし,いずれも,学科試験が最優先であることを忘れずに。読書や映画は,小論文試験対策を兼ねるような内容のものを選ぶと,時間の節約にもなるだろう。
|
面接解答例:
Q:高校~浪人時代で,いちばん力を入れたことは何ですか?
A:はい,英語の勉強をとくに頑張りました。
Q:ほう。そうですか。英検3級と書いてあるけれど…。
A:はい,英検は中学生の時に取得したもので,そのあとは受験しておりません。
Q:どれくらい出来るの?
A:そうですね。高校二年のときに,全米高校模擬国連大会に参加して,さまざまな国の人々とディスカッションを行ないましたので,勉強した分野については,つっこんだ議論ができるレベルの会話力があると思います。
Q:そうですか,それはすごいですね。では,どんな分野に興味があるのですか。
A:はい,ちょうどその大会での経験もあって,今のところ公衆衛生の分野に興味があります。
Q:そう。将来何をやりたいの?
A:語学力に磨きをかけて,とくに東南アジア地域での医療活動に貢献できる医師になりたいと考えています。
Q:そうですか。ほかに頑張ったことはありますか?
A:はい,英語以外は,受験勉強を頑張りましたが,とくに数学に力を入れて勉強しました。
Q:点数,英語ほどは出来なかったみたいだけど。
A:はい,それは率直に認めます。ただ,個人的には,ほとんど未履修の科目を1年で人並みにまで持ってくることが出来たので,もう少し時間があれば,もっと出来るようになっていたと思います。
Q:1年というのは?どういう意味なの?
A:はい,実は,高校2年の終わりころまで,外交官志望で,そのこともあって英語の勉強に力を入れていたのですが,最後に医学部志望に変わって,それからほとんど独学で数ⅢCまで勉強を進めたのです。
Q:おお。それはすごいね。そうだったのか。良く頑張ったね。どうやって勉強したの?
A:はい。ありがとうございます。勉強は,受験勉強法の本をたくさん漁るようにして集めて,数学の勉強について読み倒し,一番普遍性がありそうなやり方を見つけて実行しました。
Q:どんなやり方?
A:定評のある問題集を6回ずつ繰り返しました。
Q:それは凄いや。よくやったね。
A:はい。ありがとうございます。おかげで,思考力もつきましたし,自信もつきました。
Q:ところで,体力や健康には自信ある?
A:はい。特に運動はしておりませんでしたが,今までほとんど風邪も引かずやってこられましたし,
体力もあると思います。
Q:もともとそうなの?
A:いえ。子どものころは,比較的虚弱でしたが,中学,高校と3キロほどある道のりを徒歩で毎日通学しておりましたら,自然と体も強くなったようです。
Q:そう。それはよかったですね。では,面接はこれで終わりです。お疲れさま。
A:ありがとうございました。
|
2012年11月13日火曜日
[勉強法] 「センター試験」の読解力
センター試験(国語、英語、その他)の指導をしていていると、「~について説明しなさい」といった類の設問が求めている能力は、ほぼ一定して「言い換え力」であることに気が付く。
傍線部の語彙、センテンスを、別の言葉・表現を使ってどのように言えるか、このような能力である。パラフレーズ、シソーラス、同義語、・・・どのように言ってもいいが、とにかく、同じ内容を様々な表現に言い換えることができるか、これがセンター試験の求める読解力である。そして、この能力は、等しく、国語、英語をはじめ、理科、社会、においても必要な力なのである。
傍線部の語彙、センテンスを、別の言葉・表現を使ってどのように言えるか、このような能力である。パラフレーズ、シソーラス、同義語、・・・どのように言ってもいいが、とにかく、同じ内容を様々な表現に言い換えることができるか、これがセンター試験の求める読解力である。そして、この能力は、等しく、国語、英語をはじめ、理科、社会、においても必要な力なのである。
2012年11月9日金曜日
相変わらず出鱈目が多い小論文指導
小論文の参考書を見ると,
新聞のコラムを読め
社説を読め
投書欄を読め
など,日常的な新聞購読を勧めるものがおおい。
購読を勧めるのはまだ良いが,コラム・社説を参考にせよ,とまで言う。
はっきり言って,出鱈目です。
まず,新聞を読んだ方が良い,というアドバイスの理由とされているものには,
ベテランの記者の「論理的」文章を読める,参考に出来る,というのがある。
新聞のコラムの特徴は,「アピール」だ。 その結果,論理よりも,飛躍,想像力を利かせた「読ませる」文章がはびこることになる。
新聞のコラムも社説も,決して論理的ではない。
コラムは,主題に一見関係ない身近な問題から説き起こして,言いたいことに,無理やり結びつける。この飛躍やアナロジーの巧みさが,読ませる文章の完成度を決めるのである。
社説は,あまりに政治的である。政治的ということは,スポンサーの意向に論理が左右されるということである。TPP参加をめぐる議論を見ると,大新聞マスコミすべてが賛成一色。戦時中の大本営発表さながらの不気味さである。これだけたくさんのイシューがある問題に,マスコミの論理が一色であるはずがない。論理の歪みが出てくるのは,必然である。
こんな,いまの日本の新聞記事の性質を分かっていて,あえて「新聞を参考にしよう」と言える小論文指導者が言えるとしたら,それは,どこからかスポンサーが出ているか,本当の愚か者か,どっちかだと考えてよい。
新聞を読めというのなら,学者・専門家のオピニオン欄を読んで参考にするのはよい。
ただし,文章の模範としてではなく,あくまでもネタ,知識獲得として利用するのが良い。
大学入試小論文の文体見本として利用できるのは,司法試験等の論文解答である。
字数が決まっている中で,出題に対して,意見と根拠を,わかりやすく叙述する。
これをひな型に,練習を積むのが良い。
新聞のコラムを読め
社説を読め
投書欄を読め
など,日常的な新聞購読を勧めるものがおおい。
購読を勧めるのはまだ良いが,コラム・社説を参考にせよ,とまで言う。
はっきり言って,出鱈目です。
まず,新聞を読んだ方が良い,というアドバイスの理由とされているものには,
ベテランの記者の「論理的」文章を読める,参考に出来る,というのがある。
新聞のコラムの特徴は,「アピール」だ。 その結果,論理よりも,飛躍,想像力を利かせた「読ませる」文章がはびこることになる。
新聞のコラムも社説も,決して論理的ではない。
コラムは,主題に一見関係ない身近な問題から説き起こして,言いたいことに,無理やり結びつける。この飛躍やアナロジーの巧みさが,読ませる文章の完成度を決めるのである。
社説は,あまりに政治的である。政治的ということは,スポンサーの意向に論理が左右されるということである。TPP参加をめぐる議論を見ると,大新聞マスコミすべてが賛成一色。戦時中の大本営発表さながらの不気味さである。これだけたくさんのイシューがある問題に,マスコミの論理が一色であるはずがない。論理の歪みが出てくるのは,必然である。
こんな,いまの日本の新聞記事の性質を分かっていて,あえて「新聞を参考にしよう」と言える小論文指導者が言えるとしたら,それは,どこからかスポンサーが出ているか,本当の愚か者か,どっちかだと考えてよい。
新聞を読めというのなら,学者・専門家のオピニオン欄を読んで参考にするのはよい。
ただし,文章の模範としてではなく,あくまでもネタ,知識獲得として利用するのが良い。
大学入試小論文の文体見本として利用できるのは,司法試験等の論文解答である。
字数が決まっている中で,出題に対して,意見と根拠を,わかりやすく叙述する。
これをひな型に,練習を積むのが良い。
受験準備にかける費用について
時間をかけず,お金をかけず,できれば苦労もかけず,楽に大学に入りたい。
だれでも,そう願うものです。
しかし,いいとこ取りはできません。
◎受験は,「時間」×「勉強量」(インプット)=「成績の伸び」(アウトプット),です。
(ただし, 勉強量は,時間当たりの勉強量(質の高い勉強)=勉強の濃度で考えます)
だから,アウトプットを良くするためには,
(1)時間をかける
(2)単位あたりの勉強量を増やす
のいづれかしかありません。
究極的には,変数が二つしかないから,選択肢も二つしかありえません。
時間をかけられない人や,時間をかけたくない人は,
(2)の濃度を上げるしかありません。つまり,効率性の追求です。
医学部の受験といえども,所詮は大学受験,18歳程度の知能で受かる試験にすぎません。だから,時間がある人にとっては,たとえば,朝から晩まで仕事のように勉強に励むことが出来て,健康で集中力があれば,独学でも合格できる人はいることでしょう。
また,スタート時の学力が非常に高い人は,成績の伸びもそれほど必要ないので,それほど時間をかけずに,合格水準に持っていくことは可能でしょう。
しかし,高校時代の勉強を忘れてしまっている人や,まだ履修がおわていない科目がある人,学力が未だ低い水準にある人などは,(1)か(2)を,できればその両方を確保できるように考えなければなりません。
時間は増やせません。だから,多くの人にとって確実なのは,(2)を徹底して追求することです。
(2)を改善するためには,費用をかけるしかありません。
良い教材をそろえ,人から教わった方が良いところは教えてもらう。
理解したり,暗記したり,覚えたり,このような自分でしかできないことに力を集中し,
スケジュール管理,情報収集,実力判定,教科指導,理論・理屈の説明などを,「お金で買う」のです。これらを提供するのが,予備校の役目です。
自分は,どの程度のスタートラインにいるか(与件)を知った上で,(1)(2)の変数のどの程度の組み合わせが良いのか,よく考えてみましょう。
費用については,「出世払い」を約束して,家族・親戚・縁者に頼むのが本筋です。
誰にも迷惑をかけたくない。これはきれいごとにすぎません。
結局受験が長引いて,余計な心配をかけるのが関の山です。
学費をケチらない。これは,効率性の追求に欠かせない重要な考え方です。
だれでも,そう願うものです。
しかし,いいとこ取りはできません。
◎受験は,「時間」×「勉強量」(インプット)=「成績の伸び」(アウトプット),です。
(ただし, 勉強量は,時間当たりの勉強量(質の高い勉強)=勉強の濃度で考えます)
だから,アウトプットを良くするためには,
(1)時間をかける
(2)単位あたりの勉強量を増やす
のいづれかしかありません。
究極的には,変数が二つしかないから,選択肢も二つしかありえません。
時間をかけられない人や,時間をかけたくない人は,
(2)の濃度を上げるしかありません。つまり,効率性の追求です。
医学部の受験といえども,所詮は大学受験,18歳程度の知能で受かる試験にすぎません。だから,時間がある人にとっては,たとえば,朝から晩まで仕事のように勉強に励むことが出来て,健康で集中力があれば,独学でも合格できる人はいることでしょう。
また,スタート時の学力が非常に高い人は,成績の伸びもそれほど必要ないので,それほど時間をかけずに,合格水準に持っていくことは可能でしょう。
しかし,高校時代の勉強を忘れてしまっている人や,まだ履修がおわていない科目がある人,学力が未だ低い水準にある人などは,(1)か(2)を,できればその両方を確保できるように考えなければなりません。
時間は増やせません。だから,多くの人にとって確実なのは,(2)を徹底して追求することです。
(2)を改善するためには,費用をかけるしかありません。
良い教材をそろえ,人から教わった方が良いところは教えてもらう。
理解したり,暗記したり,覚えたり,このような自分でしかできないことに力を集中し,
スケジュール管理,情報収集,実力判定,教科指導,理論・理屈の説明などを,「お金で買う」のです。これらを提供するのが,予備校の役目です。
自分は,どの程度のスタートラインにいるか(与件)を知った上で,(1)(2)の変数のどの程度の組み合わせが良いのか,よく考えてみましょう。
費用については,「出世払い」を約束して,家族・親戚・縁者に頼むのが本筋です。
誰にも迷惑をかけたくない。これはきれいごとにすぎません。
結局受験が長引いて,余計な心配をかけるのが関の山です。
学費をケチらない。これは,効率性の追求に欠かせない重要な考え方です。
[エッセイ]どうしてかくも本気の指導が可能なのか?
予備校や塾を非難する文言で,よく見るのが「商売でやっている」「儲け主義」・・・など,教育のビジネス的側面に対する中傷である。
もちろん,商売を目的とした,純然たる「教育産業」も存在する。しかし,多くの予備校や塾は,利益の追求を至上命題とする企業の論理からほど遠いところで,ほそぼそと事業を続けているのが実態である。そもそも,塾や予備校はそれほど儲からない。少なくとも,インプットする投資(お金,時間,労働力・・・)に対するアウトプットが少ない。利益率,ということで考えれば,率は高いが,その分,人間を相手にした長期間のサービスであるから気苦労も絶えず,このような目に見えないインプットも金銭化して計算したら,トータルの利益率は限りなくゼロになってしまうだろう。
それでは,なぜ塾などをやっているのかと聞かれれば,人が成長するのを助けること,教えて分かってもらうことに喜びがあること,そんなところだろうと思う。
しかし,多くの予備校や塾は,件の低い利益率の問題に頭を悩ませた結果,大規模経営に走るか,気苦労のない手軽な指導に徹するか,という道を選ぶことになる。塾を経営体と見た場合には,やむを得ない選択であり,それ自体には非難されるべき理由は見当たらない。塾からDMが届いただけで「商売でやっている」「けしからん」という反応をする人がいるが,そういう非難は子供じみたものである。経営が成り立たなければ,教育サービスは成り立たず,すべてを公教育に任せなければならないという社会主義的な理念を是としないかぎり,それは,教育の多様性を損ねてしまう可能性すらある。
大規模経営や気苦労のない経営を目指さず,深いコミットメントを保ちつつ,それぞれのスタートとゴールに合わせた勉強指導を成り立たせるには,公的なサポートも必要かもしれない。しかし,そのような「補助金」や援助が得られない純然たる私立の塾,私塾が,生徒一人ひとりへのコミットメントを継続させていくことを可能にするためには,なにが必要なのか。
おそらくは,塾の経営者の教育への思い入れしかないと考える。社会制度の設計を考える場合には,そのような経営者の資質を前提にした議論は,処方箋になり得ないが,個人的には,ゆるぎない真実であると思っている。
しかし,思い入れが抽象的レベルにとどまる限り,これもやはり,問題解決には役に立たないだろう。背に腹は代えられないということが自然の摂理であるならば,自分の給料をゼロにして,借金を続けてまで「教育のために」という理念を追求し続けるのは,少なくとも普通の人には無理である。
私たちは,なぜ続けるのか。どんなレベルの人でも,確実に学力を伸ばすためのメソッドを開発したいという強い欲望があるからである。これは,ノーベル医学・生理学賞を受賞した山中教授やその他の多くの科学者たちが,純然たる学問的情熱に燃えて世界的成果を追い求めていることに似ている。語弊のある言い方をあえてするならば,様々な学力・様々な資質を持った人にどうやって高い学力をつけさせることが可能か,というテーマについての壮大な実験を行なっているのである。つまり,「教育のため」の内実は,「自分のため,社会のため」でもあり,究極的には自分の欲求を満たすためでもある。
本気の指導は,その人だけでなく,自分と社会全体という最大の広がりをもった目的を内包し,進められることで,はじめて可能になるのである。
もちろん,商売を目的とした,純然たる「教育産業」も存在する。しかし,多くの予備校や塾は,利益の追求を至上命題とする企業の論理からほど遠いところで,ほそぼそと事業を続けているのが実態である。そもそも,塾や予備校はそれほど儲からない。少なくとも,インプットする投資(お金,時間,労働力・・・)に対するアウトプットが少ない。利益率,ということで考えれば,率は高いが,その分,人間を相手にした長期間のサービスであるから気苦労も絶えず,このような目に見えないインプットも金銭化して計算したら,トータルの利益率は限りなくゼロになってしまうだろう。
それでは,なぜ塾などをやっているのかと聞かれれば,人が成長するのを助けること,教えて分かってもらうことに喜びがあること,そんなところだろうと思う。
しかし,多くの予備校や塾は,件の低い利益率の問題に頭を悩ませた結果,大規模経営に走るか,気苦労のない手軽な指導に徹するか,という道を選ぶことになる。塾を経営体と見た場合には,やむを得ない選択であり,それ自体には非難されるべき理由は見当たらない。塾からDMが届いただけで「商売でやっている」「けしからん」という反応をする人がいるが,そういう非難は子供じみたものである。経営が成り立たなければ,教育サービスは成り立たず,すべてを公教育に任せなければならないという社会主義的な理念を是としないかぎり,それは,教育の多様性を損ねてしまう可能性すらある。
大規模経営や気苦労のない経営を目指さず,深いコミットメントを保ちつつ,それぞれのスタートとゴールに合わせた勉強指導を成り立たせるには,公的なサポートも必要かもしれない。しかし,そのような「補助金」や援助が得られない純然たる私立の塾,私塾が,生徒一人ひとりへのコミットメントを継続させていくことを可能にするためには,なにが必要なのか。
おそらくは,塾の経営者の教育への思い入れしかないと考える。社会制度の設計を考える場合には,そのような経営者の資質を前提にした議論は,処方箋になり得ないが,個人的には,ゆるぎない真実であると思っている。
しかし,思い入れが抽象的レベルにとどまる限り,これもやはり,問題解決には役に立たないだろう。背に腹は代えられないということが自然の摂理であるならば,自分の給料をゼロにして,借金を続けてまで「教育のために」という理念を追求し続けるのは,少なくとも普通の人には無理である。
私たちは,なぜ続けるのか。どんなレベルの人でも,確実に学力を伸ばすためのメソッドを開発したいという強い欲望があるからである。これは,ノーベル医学・生理学賞を受賞した山中教授やその他の多くの科学者たちが,純然たる学問的情熱に燃えて世界的成果を追い求めていることに似ている。語弊のある言い方をあえてするならば,様々な学力・様々な資質を持った人にどうやって高い学力をつけさせることが可能か,というテーマについての壮大な実験を行なっているのである。つまり,「教育のため」の内実は,「自分のため,社会のため」でもあり,究極的には自分の欲求を満たすためでもある。
本気の指導は,その人だけでなく,自分と社会全体という最大の広がりをもった目的を内包し,進められることで,はじめて可能になるのである。
2012年11月8日木曜日
医学部受験はチョモランマか,富士山か?
表題の比喩的な問いかけに対する答えは「富士山」です。
どうして富士山なのか。
5合目から歩いてゆっくり登らなければならないが,あきらめなければ誰でも頂上にたどり着けるからです。
(チョモランマは,こうは行きません。下手をすると死ぬかもしれません。)
ただし,富士山は,きつい登山です。多くの伴走者がいれば比較的登りやすいかもしれませんが,一人だと,到底頂上にはたどり着けません。
回りに医学部を受験する人がたくさんいるような,超進学校の人たちは,集団で富士山を登っているようなものです。
独学で頑張る人は,一人で富士山登山をやるようなもの。
勉強以外で苦労しないためには,仲間と指導者を求めるのが,賢い戦略です。
どうして富士山なのか。
5合目から歩いてゆっくり登らなければならないが,あきらめなければ誰でも頂上にたどり着けるからです。
(チョモランマは,こうは行きません。下手をすると死ぬかもしれません。)
ただし,富士山は,きつい登山です。多くの伴走者がいれば比較的登りやすいかもしれませんが,一人だと,到底頂上にはたどり着けません。
回りに医学部を受験する人がたくさんいるような,超進学校の人たちは,集団で富士山を登っているようなものです。
独学で頑張る人は,一人で富士山登山をやるようなもの。
勉強以外で苦労しないためには,仲間と指導者を求めるのが,賢い戦略です。
学校の先生が,違うことを言うのですが・・・。
面接指導,とりわけ面接の前段階に必要な志願書(自己PR,自己評価書など)を指導している時に,たびたび問題になるのが,この質問のような「学校の指導方針」とのトラブルです。
志願書の下書きを,「プロの目で見てほしい」と言われて,数度にわたる添削を経て,やっと出来上がった提出書類。本人らしさを残しつつも,志願書の目的を達成するためにさまざまな仕掛けを埋め込んだ完璧なステートメントに出来上がります。本気で取り組むので,作業には,延べ5~6時間はかかります。
しかし,学校の先生からダメだしが・・・・
「アピールが足りない!」
「もっと具体例を!」
「熱く語れ!」
「てにをは」の直し程度ならいいのですが,担当の先生独自の視点での直しが入ると,
最初の目的・戦略から見てまったく正反対の代物が出来上がってきたりします。
仕事とはいえ,非常にがっかりする瞬間です。添削指導の甲斐なく,学校の先生の意向にしたがった願書を提出・・・というようなこともあります。
こういうトラブルを防ぐために,2人以上の人からアドバイスをもらう時は,「主治医」/「セカンドオピニオン」の区別をしっかりと立てて,どちらの役割を予備校に頼むか,学校に頼むか,を決めておく必要があるでしょう。
そして,「主治医」はぜひとも専門指導に特化した予備校に任せてほしいというのが,本音のところです。
毎年何人も医学部を受験するような進学校ですら,それぞれに特徴のある医学部ごとに見た場合の指導実績は少ないでしょう。
一方,私たちは,医学部・歯学部などの医療系学部受験のプロとして,年間100枚以上,10年近くに渡って,志願書のチェック,添削指導を行って来ました。事前の情報収集,OBOG等実際に受験した人や内部の方々からのヒヤリング,事後のフィードバックを含めて,相当なエネルギーを注いで準備とアドバイスをします。出願する人は,みなそれぞれの個性とバックグラウンドを持っていますから,「使いまわし」はできません。それほどの積み重ねと苦労があっての「専門指導」なのです。
このような指導が,数百人を相手に指導する場で出来るのでしょうか?徹底して関わってくれて,アドバイスが的確なら,それに越したことはありませんが,的外れなことも意外と多いのです。
それでも,学校の先生の方針が重要であるという場合には,高校側に,予備校にも添削を依頼していることを前もって告げ,戦略の方向性をそろえておく必要があります。
志願書の下書きを,「プロの目で見てほしい」と言われて,数度にわたる添削を経て,やっと出来上がった提出書類。本人らしさを残しつつも,志願書の目的を達成するためにさまざまな仕掛けを埋め込んだ完璧なステートメントに出来上がります。本気で取り組むので,作業には,延べ5~6時間はかかります。
しかし,学校の先生からダメだしが・・・・
「アピールが足りない!」
「もっと具体例を!」
「熱く語れ!」
「てにをは」の直し程度ならいいのですが,担当の先生独自の視点での直しが入ると,
最初の目的・戦略から見てまったく正反対の代物が出来上がってきたりします。
仕事とはいえ,非常にがっかりする瞬間です。添削指導の甲斐なく,学校の先生の意向にしたがった願書を提出・・・というようなこともあります。
こういうトラブルを防ぐために,2人以上の人からアドバイスをもらう時は,「主治医」/「セカンドオピニオン」の区別をしっかりと立てて,どちらの役割を予備校に頼むか,学校に頼むか,を決めておく必要があるでしょう。
そして,「主治医」はぜひとも専門指導に特化した予備校に任せてほしいというのが,本音のところです。
毎年何人も医学部を受験するような進学校ですら,それぞれに特徴のある医学部ごとに見た場合の指導実績は少ないでしょう。
一方,私たちは,医学部・歯学部などの医療系学部受験のプロとして,年間100枚以上,10年近くに渡って,志願書のチェック,添削指導を行って来ました。事前の情報収集,OBOG等実際に受験した人や内部の方々からのヒヤリング,事後のフィードバックを含めて,相当なエネルギーを注いで準備とアドバイスをします。出願する人は,みなそれぞれの個性とバックグラウンドを持っていますから,「使いまわし」はできません。それほどの積み重ねと苦労があっての「専門指導」なのです。
このような指導が,数百人を相手に指導する場で出来るのでしょうか?徹底して関わってくれて,アドバイスが的確なら,それに越したことはありませんが,的外れなことも意外と多いのです。
志願書の内容は, イメージや日本語としての論理展開をきれいにすること, などよりも,何を話すか(何を質問させるか),何をアピールし, 何を言わずに済まさせるかなど,面接でのアクションまで想定した, トータルな戦略の中で位置づけることの方がはるかに重要です。もちろん, 先生から見た良い文章などの基準はさまざまあるでしょうが,受験校の試験の特性と受験生のアピールポイントの最大のマッチン グを考えた上での一貫した戦略が必要です。
それでも,学校の先生の方針が重要であるという場合には,高校側に,予備校にも添削を依頼していることを前もって告げ,戦略の方向性をそろえておく必要があります。
指定校推薦など,学校長の推薦が必要な試験の志願書作成においては,学校側の意向を最大限尊重する必要があるので,とくに慎重な対応が必要です。
その場合,学校の先生には,生徒や親を通じて,予備校との協力を呼びかけます。先生のプライドを傷つけずに,きちんとしたコラボレーションができるように努力をします。このように,われわれ予備校の指導者としては,学校側と協力して,というスタイルを貫いています。
しかし,それでも,学校によっては,担当の先生の思い入れが強すぎて,独自のスタンスでの指導を譲らない時があります。とくに,国語の先生に多いタイプですね。こういう場合は,生徒と親御さんに頑張ってもらわないといけませんね。
医学部は,(高校生にとっては)学校と予備校と家族を巻き込んだ,協力ゲームにしていかなければ成功できないのです。
しかし,それでも,学校によっては,担当の先生の思い入れが強すぎて,独自のスタンスでの指導を譲らない時があります。とくに,国語の先生に多いタイプですね。こういう場合は,生徒と親御さんに頑張ってもらわないといけませんね。
医学部は,(高校生にとっては)学校と予備校と家族を巻き込んだ,協力ゲームにしていかなければ成功できないのです。
2012年11月7日水曜日
家庭教師との掛け持ちは必要ですか?
最近,ネットやTVのコマーシャルが影響してか,予備校と家庭教師の掛け持ちが流行っているようです。いや,それは推測にすぎず,掛け持ちを家庭教師業者が薦めているように見受けられます。
先日,相談にきた受験生も,「塾と家庭教師を掛け持ちすべきですか?」と聞いてきました。
そんな必要はないと言いましたが,塾の授業について行けなくて,家庭教師に教えてもらうというのは,本末転倒ですよね。。。高校や大学などの授業なら,入ったコースの縛りがあって,「ついて行けない授業」に頑張って付いていく必要があるものもある,というのはわかりますが,受験のための予備校のクラスについて行けないというのは,そのクラスのレベルがあっていないということでしょう。
大手予備校の選抜コースなど,すでに基礎レベルが完成している受験生を対象にしたクラスなどは,苦手科目があっても,クラス変更が認められず,その結果,クラスの授業についていけなくなるというような場合があるのかもしれません。
どうしてもついて行けないという人は,予備校の個別授業を取ればいいだけのこと。
「医学部受験に詳しい」という家庭教師を雇っても,すべての教科のバランスまで気を配ってもらえるのは稀なことです。
方針を示してくれる人が複数いるのは,余りよろしくありません。セカンド・オピニオン,という考えもありますが,あくまで,セカンド=副次的なアドバイスとして利用すべきでしょう。
船頭多くして船山に登る,です。
先日,相談にきた受験生も,「塾と家庭教師を掛け持ちすべきですか?」と聞いてきました。
そんな必要はないと言いましたが,塾の授業について行けなくて,家庭教師に教えてもらうというのは,本末転倒ですよね。。。高校や大学などの授業なら,入ったコースの縛りがあって,「ついて行けない授業」に頑張って付いていく必要があるものもある,というのはわかりますが,受験のための予備校のクラスについて行けないというのは,そのクラスのレベルがあっていないということでしょう。
大手予備校の選抜コースなど,すでに基礎レベルが完成している受験生を対象にしたクラスなどは,苦手科目があっても,クラス変更が認められず,その結果,クラスの授業についていけなくなるというような場合があるのかもしれません。
どうしてもついて行けないという人は,予備校の個別授業を取ればいいだけのこと。
「医学部受験に詳しい」という家庭教師を雇っても,すべての教科のバランスまで気を配ってもらえるのは稀なことです。
方針を示してくれる人が複数いるのは,余りよろしくありません。セカンド・オピニオン,という考えもありますが,あくまで,セカンド=副次的なアドバイスとして利用すべきでしょう。
船頭多くして船山に登る,です。
[勉強法] 受験で必要なのは,暗記?それとも理解?
「暗記するのと,わかるまで考えるのと,どちらがいいんでしょうか?」
教科を問わず,よく出る質問です。
答えは,「両方必要」です。覚えるべきものは丸暗記しなければならないし,考えるプロセスが重要なこともある。これは,あらゆる教科,あらゆる勉強に当てはまります。どの分野・どの問題に,どれだけ考えるプロセスが必要かは教科によって異なります。また,受験勉強の初めの期間は,理解・考えるプロセスに時間を割くべきだし,後半には,覚える作業に時間を割くべきです。受験勉強の進度によっても,バランスは変わるわけですね。
すべて丸暗記で済まそう,ということもよく言われますが,それができる人がいればそうすればいいだけのこと。ほとんどの人にとっては,暗記する前の「理解」が必要です。
理屈抜きで覚える作業は,江戸時代の寺子屋なんかで行われた,漢文の「素読」などに見られるように,語学の習得プロセスにおいては,一定の効果があるメソッドであり得ます。しかし,時間の限られた受験生にとっては,すべてを丸暗記する時間がないことは確かです。だからこそ,仕組み・理由を理解して,それから覚え,忘れても「思い出せる」状態に持って行くのです。
すべてをきちんと理解してからでなければ先に進めない研究者資質の人もいます。それはそれで,結構ですが,受験生としては,マイナスです。勉強は,全体が見えると,部分が見えてきたりすることもあります。時には割り切って,わからないことをわからないままにして先に進むことも大切です。ただし,どこがわからなかったか記録を残すこと,そして,必ず何回も繰り返すこと,これらを忘れないでください。
最近,「暗記主義」を批判し,なんでも説明尽くそうとする参考書がちらほら出てきました。説明してくれるのは大変ありがたいのですが,暗記をムダと切り捨てるのは行きすぎです。正しい姿勢は,説明を理解した上で覚える,です。
受験生にとって最も必要な徳目は,やはり「中庸」です。どちらかに偏った勉強はNGということですね。
教科を問わず,よく出る質問です。
答えは,「両方必要」です。覚えるべきものは丸暗記しなければならないし,考えるプロセスが重要なこともある。これは,あらゆる教科,あらゆる勉強に当てはまります。どの分野・どの問題に,どれだけ考えるプロセスが必要かは教科によって異なります。また,受験勉強の初めの期間は,理解・考えるプロセスに時間を割くべきだし,後半には,覚える作業に時間を割くべきです。受験勉強の進度によっても,バランスは変わるわけですね。
すべて丸暗記で済まそう,ということもよく言われますが,それができる人がいればそうすればいいだけのこと。ほとんどの人にとっては,暗記する前の「理解」が必要です。
理屈抜きで覚える作業は,江戸時代の寺子屋なんかで行われた,漢文の「素読」などに見られるように,語学の習得プロセスにおいては,一定の効果があるメソッドであり得ます。しかし,時間の限られた受験生にとっては,すべてを丸暗記する時間がないことは確かです。だからこそ,仕組み・理由を理解して,それから覚え,忘れても「思い出せる」状態に持って行くのです。
すべてをきちんと理解してからでなければ先に進めない研究者資質の人もいます。それはそれで,結構ですが,受験生としては,マイナスです。勉強は,全体が見えると,部分が見えてきたりすることもあります。時には割り切って,わからないことをわからないままにして先に進むことも大切です。ただし,どこがわからなかったか記録を残すこと,そして,必ず何回も繰り返すこと,これらを忘れないでください。
最近,「暗記主義」を批判し,なんでも説明尽くそうとする参考書がちらほら出てきました。説明してくれるのは大変ありがたいのですが,暗記をムダと切り捨てるのは行きすぎです。正しい姿勢は,説明を理解した上で覚える,です。
受験生にとって最も必要な徳目は,やはり「中庸」です。どちらかに偏った勉強はNGということですね。
2012年11月6日火曜日
予備校の選び方【2】
「予備校はどうやって選んだらいいんですか?」
に対する回答の続きです。
【2】「全体のカリキュラムに責任を持つ立場の人の話に納得した上で,最終的には,本人の直観・直感で決めるしかない」
これが二つ目の答えです。
大手予備校だと,なかなか実現できないことかもしれませんが, カリキュラムや指導内容・方針に責任がある立場の人,できれば塾長さんなどど直接話をする機会をもちましょう。教科の先生が気に入っても,有名な先生がいても,その人が,あなたの受験全体に責任を持って指導してくれるわけではありません。「数学に,好きな先生がいるから」などという理由だけで,予備校を選ぶと,自分で全体の受験戦略を考えなければならないというリスクを負うことになります。
受験は全面戦争です。全体の戦略と,ここの戦略,ロジスティックスや,時宜を得た適確な判断,このようなものがそろって初めて勝利を収めることができます。
それゆえ,全体の指揮監督を担う塾長をはじめとする責任者が信頼できそうか,頼れそうか,この点がポイントになります。わが校では,塾の”参謀本部”に所属する塾長である私や,本校の瀬戸教室長も,もちろん,この点は日々努力しています。しかし,最初に会ってお話しできる時間は限られていますから,オープンにしてある情報と,会話の内容を踏まえ,直観・直感で判断してもらうしかありません・・・笑。
とにかく,自分の学力をきちんと伸ばしてくれそうか,頼りになりそうか,塾長レベルの人に相談することです。
また,このことに関連して,もう一点補足しておきます。
先生方,スタッフ,それから経営者(経営陣・スポンサー)の経歴などをしっかり把握すること,これも重要です。
先生の出身(大学)やキャリアをオープンにしていない塾はNGです。良い先生は,かならずしも学歴とは関係ありませんが,まったく明らかにしていないのは,よろしくないですね。きちんとした教科内容の指導が可能かどうか,学歴は一つの指標になります。
それから,キャリア。
塾業界では先生の掛け持ちは当たり前ですし,有能な先生ほどあちこちから声がかかるので,いろいろなところに出講しています。しかし,先生は,あなたにとって良い先生かどうかが重要です。忙しすぎる先生には,「授業だけ教えてもらう」と割り切って考える必要もあるかもしれません。
私が述べているのは,先生を選り好みせよということではありません。自分のことに向き合ってくれる先生かどうか,この点が意外に重要なポイントになるということです。先生に自分のことを考えてもらうためには,もちろん,生徒側の努力も必要になるでしょう。いずれにせよ,時には叱ってくれるような先生も,自分に何が必要か教えてくれる先生も,ともに必要ですから,真剣に向き合えば答えてくれそうな誠実そうな先生かどうか。。体験授業を受けられる塾も多いと思うので,この点もよく見ておくといと思います。
良い塾の講師の先生は,その塾の方針やアイデンティティを共有しています。塾の目指す方向や,生徒さんの属性をきちんと把握し,それを教務スタッフや経営陣と情報交換します。つまり,よい先生がいる良い塾は,教科講師,スタッフ,経営陣が一丸となって,同じ方向に向けて生徒さんを支援する,このような体制があるかどうか。先生同士が全くバラバラで,ひどいときには悪口を言い合っている・・・こんな塾では,誰の方針に従って頑張ればいいか,わからなくなってしまいますよね。
誰が経営者やスポンサーになっているかにも注意してください。
とくに,教務(塾の運営)と,経営が分かれているような塾の場合は,よく調べてみることが大切。塾も経営体ですから,指導内容やレベルは,経営方針と経営状況に強い影響を受けます。とりわけ,医学部予備校の中には,いろいろな塾が存在していますので,「○×理事長」や「△■会長」がきちんとした人なのかどうか,経歴を見ておくとよいでしょう。
に対する回答の続きです。
【2】「全体のカリキュラムに責任を持つ立場の人の話に納得した上で,最終的には,本人の直観・直感で決めるしかない」
これが二つ目の答えです。
大手予備校だと,なかなか実現できないことかもしれませんが, カリキュラムや指導内容・方針に責任がある立場の人,できれば塾長さんなどど直接話をする機会をもちましょう。教科の先生が気に入っても,有名な先生がいても,その人が,あなたの受験全体に責任を持って指導してくれるわけではありません。「数学に,好きな先生がいるから」などという理由だけで,予備校を選ぶと,自分で全体の受験戦略を考えなければならないというリスクを負うことになります。
受験は全面戦争です。全体の戦略と,ここの戦略,ロジスティックスや,時宜を得た適確な判断,このようなものがそろって初めて勝利を収めることができます。
それゆえ,全体の指揮監督を担う塾長をはじめとする責任者が信頼できそうか,頼れそうか,この点がポイントになります。わが校では,塾の”参謀本部”に所属する塾長である私や,本校の瀬戸教室長も,もちろん,この点は日々努力しています。しかし,最初に会ってお話しできる時間は限られていますから,オープンにしてある情報と,会話の内容を踏まえ,直観・直感で判断してもらうしかありません・・・笑。
とにかく,自分の学力をきちんと伸ばしてくれそうか,頼りになりそうか,塾長レベルの人に相談することです。
また,このことに関連して,もう一点補足しておきます。
先生方,スタッフ,それから経営者(経営陣・スポンサー)の経歴などをしっかり把握すること,これも重要です。
先生の出身(大学)やキャリアをオープンにしていない塾はNGです。良い先生は,かならずしも学歴とは関係ありませんが,まったく明らかにしていないのは,よろしくないですね。きちんとした教科内容の指導が可能かどうか,学歴は一つの指標になります。
それから,キャリア。
塾業界では先生の掛け持ちは当たり前ですし,有能な先生ほどあちこちから声がかかるので,いろいろなところに出講しています。しかし,先生は,あなたにとって良い先生かどうかが重要です。忙しすぎる先生には,「授業だけ教えてもらう」と割り切って考える必要もあるかもしれません。
私が述べているのは,先生を選り好みせよということではありません。自分のことに向き合ってくれる先生かどうか,この点が意外に重要なポイントになるということです。先生に自分のことを考えてもらうためには,もちろん,生徒側の努力も必要になるでしょう。いずれにせよ,時には叱ってくれるような先生も,自分に何が必要か教えてくれる先生も,ともに必要ですから,真剣に向き合えば答えてくれそうな誠実そうな先生かどうか。。体験授業を受けられる塾も多いと思うので,この点もよく見ておくといと思います。
良い塾の講師の先生は,その塾の方針やアイデンティティを共有しています。塾の目指す方向や,生徒さんの属性をきちんと把握し,それを教務スタッフや経営陣と情報交換します。つまり,よい先生がいる良い塾は,教科講師,スタッフ,経営陣が一丸となって,同じ方向に向けて生徒さんを支援する,このような体制があるかどうか。先生同士が全くバラバラで,ひどいときには悪口を言い合っている・・・こんな塾では,誰の方針に従って頑張ればいいか,わからなくなってしまいますよね。
誰が経営者やスポンサーになっているかにも注意してください。
とくに,教務(塾の運営)と,経営が分かれているような塾の場合は,よく調べてみることが大切。塾も経営体ですから,指導内容やレベルは,経営方針と経営状況に強い影響を受けます。とりわけ,医学部予備校の中には,いろいろな塾が存在していますので,「○×理事長」や「△■会長」がきちんとした人なのかどうか,経歴を見ておくとよいでしょう。
予備校の選び方【1】
◆本校は,いわゆるダブルスクール(掛け持ち)も認めているので,準本科生のような塾生でも,他の学校にも通っている人がいます。
そのような事情もあって,入塾相談やカウンセリングの際に,
「予備校はどうやって選んだらいいんですか?」
という質問をよく受けます。
どの塾で説明を受けても,実績・環境・テキスト・カリキュラム・講師の質・・・についての良さをアピールすることでしょう。HPやパンフレットを読んでも,どこも同じような内容が書いてあるはずです。「少人数」という最近の受験生の要望を叶えられない大手予備校ですら,チューターを置いたり,個別指導の コースを設けたりして,「一人ひとりをサポートする体制がある」と謳っています。「親身の指導」「先生と生徒の距離が近い」・・・こんなことも,予備校の特長というよりは,大前提となっているのが,昨今の予備校事情です。
だからこそ,予備校・塾を選ぶ側としては,決め手がなくて迷ってしまうのでしょうね。
私たちが答えているのは,おもに2点。
【1】「自分と同じくらいの学力の人が,どれくらいの期間・時間・費用をかけて合格しているか」
【2】「全体のカリキュラムに責任を持つ立場の人の話に納得した上で,最終的には,本人の直観・直感で決めるしかない」
まず 【1】についてお話ししましょう。
予備校の説明会で「実績」を聞く場合には,自分と同程度の学力水準の人が,どうやって合格できたのか,を聞くようにしてください。
その場合,単に合格したかどうか,だけを聞くのではなく,具体的にどれだけ勉強したのか,どれくらいの期間・時間・費用をかけてきたのかと聞くようにするようにしてください。
「合格率」と言った場合,その母集団に誰がいるかが大問題なのです。 灘高や都内私立御三家級のエリート君を集めて選抜クラスを作って,
「高い合格率」「8割が東大か医学部に進学」などと言っても,そんなの当たり前だとわかりますよね。教えている立場からすれば,「どんなにか教えるのが楽だろうか」と思います。
「レベルの高い生徒=教えることが難しい 」という等式は成り立ちません。一流大学の大学院卒レベルの講師をそろえれば,教科の完璧な指導は可能です。いや,可能どころか,楽勝です。もちろん,教え方の上手い下手はありますが,学力の高い生徒は,コミュニケーション力も高い人が多く(このことも誤解されがちな真実です),先生の伝えようとする内容を,短時間で的確に把握します。しかも,レベルの高い先生は,高い給料を払えば雇えます。これは,塾の指導方針の良し悪しと関係なく達成可能な要求なのです。だから,教科の指導内容のレベルの高さは,よい塾・悪い塾を見分けるための必要条件ではあっても,十分条件ではありません。
実績を聞く場合,高偏差値校を相手にしたエリート塾・エリート専門クラス以外の,一般向けの予備校であっても,注意が必要です。入塾テストによって,振り分けられた一部の人の実績だけが人数として挙がっている場合もあります。というか,それがとても普通なことなのです。
「合格候補生」にならない人がどこまで頑張れたのか。そういうスロー・スターターたちが実力をつけるための仕組み・取り組みがどれだけあるのか。ここが重要なポイントです。
あなたには,合格できるか出来ないかの50/50%の確率しか,ありません。
同じレベルにいる母集団ばかりのうち,何パーセントが合格した,ということなら,かろうじて意味がありますが,それとて,人それぞれの能力差があるわけですから,目安程度にしかなりません。
スタート時の学力が違えば,ゴールまでに必要なことは,当然,変わってきます。
中学レベルの知識も忘れてしまっている人に,高校3年間の学習内容+αを指導して,偏差値65以上の学歴エリートに仕上げる。・・・このために,どれだけの時間とコストが必要だろうか。本校の本科生の授業時間は,私立・国立など志願先によって異なりますが,おおよそ800~1000時間です。この授業に「ついて来られる」人が,同じ時間だけ予習・復習の時間をかけたとして,1600時間から2000時間が必要となります。プラス,直前期の問題演習や,忘れないための複復習の時間も入れれば,3000時間ほどは必要になるのではないかと思います。1日あたり(授業も含め)10時間勉強すれば300日(約10カ月)で達成できます。高校3年生だと,4月から始めて1月いっぱいまでかかります。
ただし,これは,授業を完全に理解でき,その進度について行けた場合の話です。つまり,進学校の高校2年次までに履修する「高校教科書レベル」が完全に習得済みの人向けの話です。
自分が,どの地点にいて,どのような学力のばらつきがあり・・・これをしっかり把握し,その補強からスタートできるか。この問題に,真正面から答えられるか。良い予備校の必要条件は,この点にかかっていると思います。
本校はどうかというと,それを本気で実践してきているから,このようなことが言えるのです。その意味では,良い予備校であるという自信があります。
本校は,設立当初,親の要望もあって,「1年合格主義」を打ち出していた時期がりあましたが,このセールス文句は撤回しています。「どんな学力の人でも受け入れる」ことを掲げる以上,原理的に無理な要求だからです。しかし,本校で2浪している人,3浪している人,それぞれいますが,最後まで,決められたことをあきらめずに,本気で,手を抜かず,やり通した人は,まず全員合格出来ます。また,低学力であっても,やり方を間違えず,死ぬ気で頑張れば,1年や半年での合格も不可能ではありません。これは,本当のことです。
詳しくは著書にも書きましたが,ようは自分の学力に合った計画を立ててもらえて,それをモニターしてもらえる仕組みがあるかが重要なのです。
そのような事情もあって,入塾相談やカウンセリングの際に,
「予備校はどうやって選んだらいいんですか?」
という質問をよく受けます。
どの塾で説明を受けても,実績・環境・テキスト・カリキュラム・講師の質・・・についての良さをアピールすることでしょう。HPやパンフレットを読んでも,どこも同じような内容が書いてあるはずです。「少人数」という最近の受験生の要望を叶えられない大手予備校ですら,チューターを置いたり,個別指導の コースを設けたりして,「一人ひとりをサポートする体制がある」と謳っています。「親身の指導」「先生と生徒の距離が近い」・・・こんなことも,予備校の特長というよりは,大前提となっているのが,昨今の予備校事情です。
だからこそ,予備校・塾を選ぶ側としては,決め手がなくて迷ってしまうのでしょうね。
私たちが答えているのは,おもに2点。
【1】「自分と同じくらいの学力の人が,どれくらいの期間・時間・費用をかけて合格しているか」
【2】「全体のカリキュラムに責任を持つ立場の人の話に納得した上で,最終的には,本人の直観・直感で決めるしかない」
まず 【1】についてお話ししましょう。
予備校の説明会で「実績」を聞く場合には,自分と同程度の学力水準の人が,どうやって合格できたのか,を聞くようにしてください。
その場合,単に合格したかどうか,だけを聞くのではなく,具体的にどれだけ勉強したのか,どれくらいの期間・時間・費用をかけてきたのかと聞くようにするようにしてください。
「合格率」と言った場合,その母集団に誰がいるかが大問題なのです。 灘高や都内私立御三家級のエリート君を集めて選抜クラスを作って,
「高い合格率」「8割が東大か医学部に進学」などと言っても,そんなの当たり前だとわかりますよね。教えている立場からすれば,「どんなにか教えるのが楽だろうか」と思います。
「レベルの高い生徒=教えることが難しい 」という等式は成り立ちません。一流大学の大学院卒レベルの講師をそろえれば,教科の完璧な指導は可能です。いや,可能どころか,楽勝です。もちろん,教え方の上手い下手はありますが,学力の高い生徒は,コミュニケーション力も高い人が多く(このことも誤解されがちな真実です),先生の伝えようとする内容を,短時間で的確に把握します。しかも,レベルの高い先生は,高い給料を払えば雇えます。これは,塾の指導方針の良し悪しと関係なく達成可能な要求なのです。だから,教科の指導内容のレベルの高さは,よい塾・悪い塾を見分けるための必要条件ではあっても,十分条件ではありません。
実績を聞く場合,高偏差値校を相手にしたエリート塾・エリート専門クラス以外の,一般向けの予備校であっても,注意が必要です。入塾テストによって,振り分けられた一部の人の実績だけが人数として挙がっている場合もあります。というか,それがとても普通なことなのです。
「合格候補生」にならない人がどこまで頑張れたのか。そういうスロー・スターターたちが実力をつけるための仕組み・取り組みがどれだけあるのか。ここが重要なポイントです。
あなたには,合格できるか出来ないかの50/50%の確率しか,ありません。
同じレベルにいる母集団ばかりのうち,何パーセントが合格した,ということなら,かろうじて意味がありますが,それとて,人それぞれの能力差があるわけですから,目安程度にしかなりません。
スタート時の学力が違えば,ゴールまでに必要なことは,当然,変わってきます。
中学レベルの知識も忘れてしまっている人に,高校3年間の学習内容+αを指導して,偏差値65以上の学歴エリートに仕上げる。・・・このために,どれだけの時間とコストが必要だろうか。本校の本科生の授業時間は,私立・国立など志願先によって異なりますが,おおよそ800~1000時間です。この授業に「ついて来られる」人が,同じ時間だけ予習・復習の時間をかけたとして,1600時間から2000時間が必要となります。プラス,直前期の問題演習や,忘れないための複復習の時間も入れれば,3000時間ほどは必要になるのではないかと思います。1日あたり(授業も含め)10時間勉強すれば300日(約10カ月)で達成できます。高校3年生だと,4月から始めて1月いっぱいまでかかります。
ただし,これは,授業を完全に理解でき,その進度について行けた場合の話です。つまり,進学校の高校2年次までに履修する「高校教科書レベル」が完全に習得済みの人向けの話です。
自分が,どの地点にいて,どのような学力のばらつきがあり・・・これをしっかり把握し,その補強からスタートできるか。この問題に,真正面から答えられるか。良い予備校の必要条件は,この点にかかっていると思います。
本校はどうかというと,それを本気で実践してきているから,このようなことが言えるのです。その意味では,良い予備校であるという自信があります。
本校は,設立当初,親の要望もあって,「1年合格主義」を打ち出していた時期がりあましたが,このセールス文句は撤回しています。「どんな学力の人でも受け入れる」ことを掲げる以上,原理的に無理な要求だからです。しかし,本校で2浪している人,3浪している人,それぞれいますが,最後まで,決められたことをあきらめずに,本気で,手を抜かず,やり通した人は,まず全員合格出来ます。また,低学力であっても,やり方を間違えず,死ぬ気で頑張れば,1年や半年での合格も不可能ではありません。これは,本当のことです。
詳しくは著書にも書きましたが,ようは自分の学力に合った計画を立ててもらえて,それをモニターしてもらえる仕組みがあるかが重要なのです。
登録:
コメント (Atom)